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エルの楽園
2010年03月19日 (金) | 編集 |
Chan takes inspiration from Lysacek’s rise to gold



不思議+ツンデレの見本のような記事。

ライサにインスピレーション受けたと言いながら、実はまったく褒めていない。

恐ろしい子。



そしてPちゃん、あなた本当はプル様のことが大好きなんでなく?

ワールドでは本領発揮できると良いですね。



追記でサンホラの話。



サンホラのElysion〜楽園幻想物語組曲〜について。



テーマは「楽園と奈落」です。

どちらも死後の世界を指し、意味合い的には天国と地獄のようなものだと思うのですが、二つの世界は相反する性質を持ちながらも同一ものである、というところがこの作品の軸になっています。



基本構造は奇数トラックの「エル」シリーズに、偶数トラックの「アビス」シリーズが挟み込まれたもの。



「挟み込まれた4つのエルに惑わされずに、垂直に落ちればそこはアビス」



という歌詞の通り、アビス側を基軸とした考え方もできます。



エルシオン=楽園、アビス=奈落と定義されているように見えますが、この二つの境目はとても曖昧で、混じり合い、入れ替わり、重なり合うような表現が何度も出てきます。



「男の楽園は永遠の奈落となり、少女の奈落は束の間の楽園になる」



「その楽園の名はエルシオン、またの名はアビス」



死後の世界は本来一つで、人の心を映して楽園にも奈落にもなり得るということでしょうか。

花が咲き鳥が歌い、痛みも苦しみもない楽園。

空は荒れ木々は枯れ、悲しみに沈む奈落。

これらは単独では存在できない世界なのかもしれません。

どちらかに目をつぶり、自分の思いを閉じ込めたままでは、どこにもたどり着けずに彷徨うだけ・・・そういうことなのかもしれません。





この作品の中心になるのは、少女エルと父親のアビスが楽園へ思いを馳せ、やがて命を失い、楽園と奈落を彷徨った二人がふたたび巡り会うまでの物語・・・と私は解釈しています。



病床に伏したエルに、アビスは楽園の話を繰り返し聞かせます。

「パパ、その楽園ではずっと一緒にいられるの?」

この言葉が一番、本質をついていると思います。

エルと父親にとって、楽園とは「ずっと一緒にいられる場所」なのです。



エルの病状は深刻で、アビスはエルを救うため、金になる仕事なら何でも引き受けていました。

報酬のために人を殺し、自分も返り討ちに遭ったアビスは、エルの待つ家にたどり着いたところで息絶えてしまいます。

エルは父親の亡骸に話しかけ続け、夢見るように自分も息を引き取ります。



エルは、楽園の心地よい風の中で目を覚まします。

一方、罪を犯したアビスは「仮面の男」となり、エルを探し求めながら、自分と同じように罪深い少女たちを奈落へ引き込みます。



「彼女こそ、私のエリスなのだろうか・・・」



偶数曲(Ark、Baroque、Yield、Sacrifice、Stardust)の冒頭に入っているこの台詞、じまんぐボイスが強烈すぎてなかなか感傷に浸るのは難しいのですが、アビスの途方もない悲しみが込められていると思います。

エルのところへ帰らなければという思いが、奈落からさまよい出て、見知らぬ少女たちを絡め取っていきます。



楽園で過ごすエルは、喜びと安らぎに満ちた世界の裏側に、誰かの嘆き悲しむ声が響いていることに気づきます。

楽園のベールを剥がすと、そこには痛みや悲しみが横たわっていました。



エルは全てを理解します。

楽園と奈落は同じ場所に存在していた。ここは楽園でもあり、奈落でもあった。

喜びや安らぎだけの世界なんてどこにもない。

全てを知ったエルは、笑顔で奈落へと落ちていきます。



楽園と奈落は一緒。

私がいる場所とお父さんがいる場所も一緒。

そういうことなんだと思います。

意識のベールで隔てられていた楽園と奈落がふたたび一つになる時、エルと父親もふたたび巡り会う。

ずっと一緒にいられる、本当の楽園が完成するのです。



隠しトラックに入っている会話、



父親「ただいま、エル」

エル「おかえりなさい、パパ」



これは二人が救われたことを意味しているんじゃないかな・・・そう思いたい。

父親のいる奈落へ、笑顔で落ちていくエル。

裏を返せば、一人ぼっちで楽園にいたエルのところに、ようやくアビスが帰ってきたとも考えられます。

最期の日、エルの待つ家へ懸命に向かっていたアビスの思いが、ここでようやく遂げられたのです。





その昔、死者のために歌うことを命じられていたラフレンツェが、魔女の言いつけに背いて男性と恋に落ちてしまった。この歪みで奈落が生まれた、つまり楽園と奈落が別の概念として存在するようになったと思われます。(魔女とラフレンツェ)



そして、始まりの扉と終わりの扉の間、つまり生きている限り、男と女は惹かれ合い、楽園を失った罪を何度も繰り返すのです。(エルの肖像)



こうした世界観の上にエルと父親の物語が成り立っているとすると、人間は本来罪深いもので、その罪によって死後の世界にも影の部分がもたらされ、楽園を夢見ても永遠にたどり着けず、エルと父親の夢も砕けたと考えられます。

でもラフレンツェは、そして全ての人間は、完全無欠の楽園よりも、惹かれ合い愛し合うことを選びました。エルとアビスの物語は、惹かれ合うことによって生み出された、罪も悲しみも内包した新しい楽園の姿なのだと思います。

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